このあいだようやく映画「バベル」を見た。鳴り物入りの宣伝期間が長かったので、どうかなあという危惧もあったし、ミクシィなどの書き込みでは観客の反応がいまひとつ。でも、意外によかったですよ。沢木耕太郎が「朝日新聞」で人物が類型的で、イニャリトゥ監督も自国のメキシコを描くといいが、異なる国を描いたモロッコや日本では違和感が目立つ、内面性を感じさせるのは菊池凛子のみと書いてました。そうかなぁ。この視点は異国の文化を理解できる、この監督はまだそこに至っていないという目線にあるけど、ほんとに理解できるのかしら。誤解したり、錯覚したりというループから逃れられないという点から見ると、日本の描き方の違和感はそれほど気にならなかった。たしかにモロッコにハンティングに行く日本人がそうたくさんいるとも思えないし、麻布署管内なのにウォーターフロントの高層マンションというのも地理的に解せないけど、そういうことはたいがいの映画にもあるし、たいしたことではない。内面的ということでも、ここに出てくる人物たちはいずれも強くその内面を意識させる。その内面が検索可能になっているなかで、菊池凛子の演じる女子高生はより強い不透明な塊を感じさせるようになっている。そこがいいんじゃないかな。