アテネフランセ文化センターでの特集・溝口健二と成瀬巳喜男で講演。ここのプログラム・ディレクターの松本正道さんから依頼されたのでさすがにお断りできない。この日は、「山の音」と「お遊さま」。ともに川端、谷崎の原作なのでお引き受けしたようなわけ。で、講演も文芸映画という、たいへん特異なカテゴリー(ジャンルじゃないですね)について話をした。なんとシネマ研究会時代の後輩で、いま映画作家として活躍している西山洋市さんが来てくれたり、立教の中村秀之さんがいらしていたりと、ドキドキの展開でした。講演のあと用事があったので、個人的に十分お話ができなかったのが残念。
講演では余裕がなくてそこまで話さなかったけれど、「芦刈」が原作の「お遊さま」、溝口の映画では特に傑作ではないのだけれど、この映画の田中絹代はとても不思議。うつくしいご寮さんを演じていて、子持ちで後家という設定。妹の見合い相手に一目惚れされ、二人が形だけの結婚したあと、三人の奇妙な関係をつづけるという谷崎好みの物語。その話はともかく、清純にして妖艶という複雑なキャラクターを演じています。とりわけ田中絹代のお遊さまが路上でしゃくを起こして苦しんでいるところへ、堀雄二の慎之助が通り掛かり、彼女を助けて知り合いの家で休ませる。そのときの田中絹代の病気なんだけどフェロモン出てしまうあたりがすごい。意識も切れ切れになって、寝かしつけられているのだけれど、首ががくがくになっていて何度も枕がはずれてしまう。それを彼女のことを意識した堀雄二と、知り合いの女性が何度もなおす。このときの田中絹代のもはや演技なのかどうかわからないような演技がすごい。おまけに時間がたって、寝ている彼女に欲情する堀雄二が自己抑制して、背を向けたところで、ぱっと目をひらく彼女の表情。うーん、つくづく田中絹代は怖ろしい女優です。京マチ子でも若尾文子でもなく、田中絹代がこれをやるところが怖い。